心を使おう

助けてくれる人を排除してしまう私たち——映画『フロントライン』から考えること

 

忘れられないセリフ

映画『フロントライン』を見て、深く胸を打たれたセリフがあった。

「僕らの家族は誰が守ってくれるんですか?」

池松壮亮さん演じる医師が、疲れ切った表情で発したこの一言が、頭から離れない。
そして、重苦しい空気のなかでどこか救いのように響いてきたのが、
窪塚洋介さんの「結城ちゃ~ん」という独特な話し方だった。

どちらも、コロナ禍という極限の状況下で、人間のリアルな感情の揺れを表していたように思う。

「命を守る人が、なぜ排除されるのか」
この映画を観ながら、そして現実のニュースを見ながら、何度も疑問に思った。

 

異常な状況における人間心理

なぜ、人の命を救ってくれる医療従事者が、差別されたり、いじめられたりしなければならないのか。

それは理不尽な話だと思う。
でも、そこには人間の「恐怖」と「弱さ」という、
説明しきれない心理があるのだとも感じる。

 

恐怖はときに、助けてくれる人さえも「敵」に見せてしまう
未知のウイルスに対する恐怖、不安、そして怒り。
それをぶつける対象が見えないとき、人は誰かを“悪者”にしたくなる。

それが医療従事者であったり、感染者であったり、
時には自分の身内だったりもする。

冷静に考えればおかしいことでも、集団の中では「そうすることで安心したい」という感情が
勝ってしまうのかもしれない。
異常な状況では、異常な判断となり
八つ当たりのように誰かを攻撃して安心したいのかもしれない。

 

「結城ちゃ~ん」が救ってくれたもの

そんな緊張感のなかで、窪塚洋介さんの「結城ちゃ~ん」という呼びかけが、
場面の空気を少しだけやわらげてくれた。

まじめなこと話してるけど軽い口調。
怒りも恐怖も感じさせにくい話し方だ。

ユーモアや柔らかさは、極限状態でも人の心を保ってくれる大切なものだと思う。
重い現実を否定せず、でもそこにほんの少しの余白を与えてくれる。そんな存在だった。

そして、逆に苦しくなる問いかけもあった。

「僕らの家族は、誰が守ってくれるんですか?」
これは、観ている私たちにも突き刺さる問いだ。

医療従事者も、ひとりの家族を持つ人間であり、誰かの子であり、親であり、大切な人を抱えている。
“患者”だけでなく、“医療者”の心と命も、守られなければならない。
その視点が、どうしても私たちの社会では後回しにされがちだ。

 

二度目ならもっとうまくできるのか

「また同じことが起きたら、同じことをするか?」
もうひとつ心に残ったのが、小栗旬さんのシーン。

桜井ユキさん演じる医師に、「また同じことが起こったら、同じことをするのか?」と問われたとき、
彼は一瞬、何かをかみしめるように間を置いて、こう答える。

「命を救うことを、一番に考える」

その言葉には、きっと迷いや葛藤、怒りや疲れがあったはず。
それでもやっぱり「命」に向き合うと決めるその姿に、本当の意味での強さと優しさを感じた。

 

そして最後の最後に滝藤賢一さんが出てくるんだけど…
ほんのわずかな登場時間なのに、
滝藤さんの存在感がものすごくて、一気に物語に重みが加わった。

その“ひとこと”や“まなざし”に込められたものが、
医療現場のもうひとつの現実を突きつけてくるようで、ラストが静かに胸に響いた。

 

息苦しかったあの頃の記憶がよみがえる

映画のなかで、クルーが乗客を励まし、通訳として寄り添い、
言葉の通じない異国で、愛する人を託さなければならない人々の姿が映し出される。

その一つ一つが、あの頃のニュースや現場、空気を思い出させた。
誰も正解がわからないなかで、「お願いだから助けて」と願う人と、
「私たちだって怖い」と葛藤する人たちが交錯する。

そして、それを切り取って報じるマスコミの姿勢。
スクリーンの向こうなのに、胸が締めつけられるような生き苦しさを感じてしまった。

 

人は追い詰められたときに、恐怖や怒りに動かされてしまう。
でもそのときこそ、「自分は今、怖いんだ」と気づけることが、
次の一歩になるんじゃないかと思う。

私たちは強くあろうとするけれど、実はとても壊れやすくて、臆病で、
だからこそ支え合いが必要なのだ。

 

「フロントライン」はただの医療ドラマではない

この映画は、社会のなかにある“見たくなかった本音”と向き合うような、
静かな衝撃を与えてくれる映画だ。

時間は過ぎ、あの頃を振り返れるようになったのだ。
知らない国でいきなり家族と切り離された乗客や
通訳や食事の世話などできる限りを尽くしたクルーたち。

マスコミに振り回されたわたしたち。

この映画を通して、医療の現場に限らず、
「助けてくれる人を傷つけない社会」を、私たち一人ひとりが意識できたらと心から思う。

 

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ネルコ

昼寝大好きなゴロゴロ女です。最近疲れているのか、瀬尾まいこさんの本で癒されてます。運動はFit Boxing2を、頭は資格勉強を、心は映画で満たしていこうと思っています。

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